日常に根付くプロダクトを作りたい


DeNA新卒班の飲み会をした。5人でプロダクトを作る話になって、その場ではパッと言語化できなかったので、自分がものづくりにおいて求めることをまとめておきたい。

自分がプロダクトを作る上での最終目標は二つある。

  1. 心を病むことがなくなる社会をつくること。
  2. 世界に融けているプロダクトになっていること。

今回は世界に融けているプロダクトについて書く。

世界に融けているプロダクトとは

世界に融けているプロダクトとはどんなものか。自分は“融ける”という表現を、意識せずに使用もしくは利用することができるもののことを指して使う。ユーザーは、誰が作ったのか、とか、何のために作ったのか、みたいなことを考える必要はない。ただ、世界に融けて、当たり前のように日常に根付いている。

今現在も、椅子に当たり前に座っているし、机の上にPCを載せている、服も着ている。認知できていないだけでその他にも複数のプロダクトに囲まれて生きている。でも、自分はそれを意識できていない。つまり日常に根付いて、そのプロダクトがあるのが当たり前の暮らしになっている。

ソフトウェアでも同じような例がある

ソフトウェアでも同じようなものがあると思う。世間一般の人たちは、“連絡して”という一言で、スマートフォンでLINEなどのコミュニケーションツールを使って連絡を取り合うことを指して使うことがある。スマートフォンを使って、LINEで、のような指定をせずともこの行動を起こせる。この時コンテキストが同じ人たちの間では、LINEと言うソフトウェアの利用は世界に融けている。

融けるプロダクトが持つ力

融けるプロダクトは、日々の生活レベルを大きく向上させているから存在し続けているのだと考える。例えば我々は服を普段着ているけど、当たり前すぎて気づいていなかったりする。服という存在によって、擦り傷を防いだり、天候の変化に柔軟に対応できるようになっているのに。でも、ユーザーは服が無くなるまでそのありがたさに気付けない。生活のレベルを大きく上げているのに、ユーザーからは無くなるまで気付けない。そんなものを作りたい。

日常に溢れるプロダクトへの気づき

ふと周りを見渡すと、日常的には意識できていないが、いつも使っている、使ってしまっているプロダクトが溢れていることに気づく。そんな、あることが当たり前すぎて、無くなってから初めてありがたさがわかるくらい日常に根付いたプロダクトを世の中に残したい。